『夕張市石炭博物館』リニューアル1年に満たない火災でこの後『夕張石炭の歴史村』はどうなるの?『ふるさと納税』での応援はどうなの?

 約1年前のゴールデンウィークに、私は『夕張石炭博物館』に赴き、その記事を書きました。

シリーズ『夕張市炭鉱博物館』

 ◇シリーズ『夕張市炭鉱博物館』【前段】
 ◇2018年4月末にリニューアルした『夕張市石炭博物館』に行ってみた
 ◇『夕張市石炭博物館』の問題点と改善に関する提言


平成31年4月18日 火災発生

 平成30年4月28日にリニューアルオープンした『夕張市石炭博物館』は、平成31年4月27日、冬季休業を終え、ゴールデンウィークを目前にオープンする予定でした。

 しかし、皮肉なことに4月18日の23時40分頃に『博物館から煙が出ている』との通報がありました。

 札幌ではすでにほとんど雪がありませんが、夕張は内陸の渓谷のため気温が低く、まだ雪が溶けきっていないようですね。

平成31年4月19日 報道が始まる


 深夜から消防が出動していたものの、火災は一向に収まらず、周囲に異臭を放ちながら煙を広げます。
 翌朝以降、マスコミ各社が報道を開始します。


 石炭に引火されている可能性が指摘され、北海道開発局⊃国土交通量や札幌市からも応援が駆けつけます。
 夕張川から水を汲み上げて坑道を水没させ、『窒息鎮火』『冷却鎮火』を目指すとの発表がされました。


関連事項として、今回のリニューアルに7億7000万円の巨費が投じられていたことも報道されます。

 原因として前日に補修のための鋼材の溶接作業がされていたことに関係があるかもしれないという報道がされます。

 施設は冬季休業中で、27日の今季のオープンに向けた作業が行われていた。石炭の崩落を防ぐため、作業員5人が18日午後3時ごろまでの約1時間、鋼材を溶接するなどし壁を補強。午後4時半ごろに施錠し撤収したという。
(朝日新聞 平成31年4月18日より引用)

平成31年4月20日 煙は止まるが消火活動が終わる目途は立たない

 3日目の20日、市消防本部などが注水で坑道を冠水させ、坑道内からの煙は収まった。火災は収束に向かっているものの、燃焼が依然として続いている可能性もあることから、消火作業は同日も夜を徹して行われ、鎮火は見通せない状況が続く。
(北海道新聞 平成31年4月21日より引用)


 水没によって煙は止まったものの、奥深い石炭層で燃焼が続いている可能性や蓄熱した石炭が再発火する可能性から、『鎮火』を認定出来ない状況が続いでいます。

平成31年4月21日 ふるさと納税の募集が開始

消防の注水で煙は収まったが、21日正午現在も鎮火は確認できず、修理や営業再開の見通しは立たない。
(毎日新聞 平成31年4月21日より引用)

・・・と、いうように、本館は無事であるものの見どころの一つである模擬坑道が水没している状態です。

 市は2007年に財政破綻し、全国唯一の財政再生団体のため、多額の修復費を工面するのが困難と判断。ふるさと納税を使い、返礼品なしで寄付の募集を開始した。「火災で模擬坑道が再び皆様にご利用いただけるまでに多くの時間と資金が必要。夕張市にとって象徴的な場所であり、温かい支援を」と呼びかけている。
(毎日新聞 平成31年4月21日より引用

 ふるさと納税は、ふるさとチョイスの該当ページから行なうことが出来ます。

これから『夕張石炭の歴史村』はどうなるの?

 鎮火が確認された後、水没した模擬坑道は、ポンプで汲み出して水を取り除くのでしょうが、まずはそれを公費で賄えるのか否か、という問題があります。

 入り組んだ坑道から安全を確保した上で水を取り除くという作業は、ある程度の援助はあるにせよ消防には出来ないでしょうし、まずはこれが大きな障壁となってくるでしょう。
 ふるさと納税がどの程度集まるのか、未知数です。

 当初4月27日に予定されていた今年のオープンは未定という形で発表があり、延期になる見込みです。
 とりあえず火災さえ鎮火してしまえば、当面の間は模擬坑道を除いた本館部分のみ公開するという方法が採られるとは思いますが、煙は止まったとはいえ、鎮火が確認されるまでの間、万全を期すために開業は見合わされるでしょう。

 非常に見応えのあった模擬坑道が見られなくなるというのは残念ではありますが、模擬坑道内には各種の炭鉱設備や機械も設置されており、火災により焼失したこれらを復元するのは並大抵のことではありません。

 財政再建団体の夕張市としては、ふるさと納税に期待をするしかない状況と言わざるを得ないでしょう。

 市長職務代理者の斎藤幹夫理事は「オープン時期は申しあげられない。鎮火と原因解明が先だ。本館に被害はない。再生に向けて進んでいきたい」と話した。

 「素人目で見ても、ここまで燃えていたら復旧は無理だと思う」。19日午前、沼ノ沢地区に住む小川昭雄さん(72)は現場に駆けつけ、高く立ち上る煙を見て嘆いた。「3月でJR(石勝線夕張支線)が廃線になった。この博物館がなくなったら、夕張には何もなくなってしまうのでは」

 住民の女性(65)は、多くの死者を出した81年の北炭夕張新鉱事故を思い出す。「模擬坑道は世界的にも希少な遺産。早く鎮火してほしい。市民みんなが心配している」と話した。
(朝日新聞 平成31年4月20日より引用)

 夕張支線の廃線もあり、暗い話ばかりではなく何とかなってくれるといいのですが・・・

余談:鈴木直道新知事の『勘所の良さ』

 平成31年4月20日には、先日の選挙で圧勝し、北海道知事に就任する夕張市の前市長、鈴木直道氏がインタビューに応じます。

「きのう続いてた煙だとか臭いも収まっていることみると(消火活動は)計画通り進んでいるのかなと」
(平成31年4月20日 FNNより引用)

 夕張といえば鈴木直道氏を連想する方も多いでしょうし、災害対応の迷惑にならない範囲で現地に急行し、『大丈夫だ』と落ち着いた様子で話が出来る、というのは大きいなと思います。
 全国区の知名度がある方が北海道の知名度を上げ、注目を集めるということを着実に進めてゆき、少しでも北海道が良くなっていってくれれば・・・と願ってやみません。

事故物件公示サイト『大島てる』への削除依頼の方法とは?

不思議な話、最近また『大島てる』に関する問い合わせや相談が増えています。
◇ 大島てる
 http://www.oshimaland.co.jp/

私はテレビを見ない人で、彼のSNSもフォローしていないので、大島学氏の活動について詳しくないのですが、メディア露出が増えて来たのでしょうか。

この記事を公開する平成31年3月には、官報掲載の破産者情報を地図に落とし込んだ『破産者マップ』なるサイトが公開され、大きな話題を呼ぶとともにわずか数日で閉鎖されました。
この『破産者マップ』についても『大島てる』との類似が指摘されたり、大島学氏がコメントを出していたりします。

◇ 破産者マップについて事故物件サイト大島てるが緊急コメント「私が運営しなかった最大の理由」とは!? 弁護士見解も
 https://tocana.jp/2019/03/post_88663_entry.html

まぁ、こういう事を契機に検索ニーズが高まって、このブログにたどり着く人が多少増えたという事なのでしょう。

私はSEOをあまりやる気がないという話は記事中でも度々触れていますが、最近、やる気のないSEOの為にデータを見ていた処、Googleの『検索パフォーマンス』で『大島てる 削除依頼』『大島てる 削除』検索順位1.1のスコア。
念のためBingでも検索しましたが、広告とYahoo!知恵袋に次ぐ3位。

え、マジで?Σ(゚Д゚;というのが正直な感想。

『いやいやいや、大島てるのサイトには削除依頼の方法が公開されているはずですし、弁護士でも何でもない私には何も出来ませんよ?』というのが本音です。
別に私は『大島てる』の相手をして儲かる訳でもありませんし。

というか、検索上位に表示される記事『事故物件扱いされた物件についての『大島てる』氏とのやりとりを公開します』も、削除依頼の方法をまとめたものではありません。

大島学氏は色々なインタビュー記事で事実であればどんな圧力があっても削除しないが、事実無根の書き込みがあればきちんと対応するという趣旨のことを語っていますし、私も『大島てる』に誤った情報があれば、最近はその都度メールして削除してもらっています。
(インタビュー内容はあくまで趣旨であって原文は実際のインタビュー記事を参照してください。)

ですから、『大島てる』の誤情報は『手順さえしっかりとしていれば、簡単に削除してもらえるもの』という認識を持ってしまっていました。

しかし、よくよく調べてみた処、このブログの検索順位が上がってしまった理由が分かりました。
現在、『大島てる』への有効な連絡手段が公開されていないんですね。

『大島てる』で公開されている『お仕事依頼』のリンクでは『削除依頼はここでは受け付けておりません』とはっきり書かれています。
また、『大島てる』と『ファンキー中村』は中の島地区の凋落を嗤うかで紹介した通り、投稿へのコメントでの反論はまったくの無駄です。

コメントは地図上では表示されませんし、『怪談』という悪質なデマに対する正当な指摘であっても半年近く放置されます。


まぁ、『大島てる』への投稿やコメントの数を考えれば、いちいちチェックも対応もされないという事は、悲しい事ですが現実です。

そして、削除依頼のフォームなども無ければ、『大島てる』への連絡先の記載もありません。

少なくとも、高額で成約したマンションを『大島てる』に事故物件扱いされるの巻の元記事を掲載した平成27年当時はメールアドレスも公開していたし、削除依頼についての注意書きも掲載していたと記憶しています。


掲載場所は『大島てるオフィシャルブログ』でした。
今回、改めてオフィシャルブログの記事を『削除』というワードで検索しましたが、当時掲載していたメールアドレスや削除依頼の手順などは、見当たりませんでした。

ちなみに、私が知っているメールアドレスをウェブ検索しても、掲載されているサイトは殆どありませんでした。

これでは、『削除依頼を受け付ける』と公言しておきながら実際に削除依頼をしたい人にその方法は示されていない。
その一方で、事故物件の投稿はデマであってもサイトから『事故物件の新規投稿』でわずか3クリックで完了してしまう。

これはあまりに不公正なバランスであると言うほかありません。

しかも、大島学氏はそれを糧として講演活動やメディアやイベントへの出演で報酬を得ている訳ですから、責任は当然に発生しているというべきでしょう。

バランスを考えれば、削除も同じくらい簡単に出来るようにするか、新規投稿に裏付け資料の添付を要請するなど複雑化するなどしなければ、とてもフェアとは言えません。

しかし、私は弁護士でも何でもない、ただの地方都市の不動産屋ですから、『大島てる 削除』『大島てる 削除依頼』と検索して来る方に対しては何もして差し上げられません・・・と、思っていました。

私が削除依頼を代行する事も出来ませんし、デマ情報に関するカウンターサイトを運営するという事もありません。

しかし、今回の件でよくよく考えてみたところ、一つ、削除依頼をしたい人に対してお知らせ出来ることがあることが分かりました。
問題は『削除依頼をする先が公開されておらず、分からない』事です。

実は、『大島てる』は『株式会社大島てる』という法人によって運営されています。
あ、国税庁が法人番号と住所を公開しているぞ(; ・`д・´)

◇ 株式会社大島てるの情報|国税庁法人番号公表サイト
 https://www.houjin-bangou.nta.go.jp/henkorireki-johoto.html?selHouzinNo=4010701015837

ちなみに、業務妨害罪とか言われて私の氏名や顔写真を公表されても困るので言っておきますが、この住所はWikipediaにも掲載されていますし、『大島てる』のサイトに掲載されている判決文にも記載されていますから、公知の事実ですし、当の大島氏らが公開している情報ですので悪しからず。

ただ、たとえ住所を公開して、顔出しをしていたとしても、『ここに削除依頼を郵送して下さい』という案内がなく、申請書式も公開していないのでは、普通郵便でそのような依頼をしたところでどこまで対応されるのか、未知数であるというのが正直なところ。
内容証明郵便とは言わずとも、書留くらいは付けておきたいところですね。
(現状でも膨大な郵送物が届いているでしょうから、それでも対応してもらえるのかは未知数ですが。)

また、仮に郵送での削除依頼が方法として有効であっても、『事実』であるものはどんなに困っていても削除してもらうことは出来ませんから、以下のようなことは記載しなければならないと思われます。
・差出人はどのような立場の人間なのか
・どのような理由で事実無根であると主張するのか
・削除を希望する物件の住所や『大島てる』でのアドレスなど

ただ、郵送にしろメールにしろ、『削除依頼』と『新規投稿』の労力のバランスがアンフェア過ぎて横行するデマを抑止する自浄作用がないのが『大島てる』の一番の問題なのです。

件の『破産者マップ』では、削除依頼の為に身分証明書などの個人情報を収集しており、ゆすり・たかりを疑われていましたが、一方でこういった削除依頼の方法をオープンにしていないようでは、『削除の代償に金銭を要求している』というような口さがない噂を立てられているのも、止むを得ないのではないでしょうか。

削除もワンクリックで簡単に出来るようにする、というのは一例ですが、以前も主張した通り、地図上からも反論・追記を含むコメントが表示出来るようにする等しなければ、ただの『件数稼ぎ』に終始していると見られて、コンテンツとしての信頼性がどんどん損なわれてゆくのではないでしょうか。

既に十分に知名度は上がっていますし、書籍執筆やメディア露出などで稼いでもおられるのでしょうから、大島学氏にはもう少し『公正さ』『フェアさ』に目を向けて貰えることを期待しつつ、本稿を終えたいと思います。

いずれ、『事故物件』の実務上の取扱いと裁判例について紹介したいと考えています。
それまでに炎上させられて私がネットから退場している可能性もありますが。

【関連記事】
◇ 高額で成約したマンションを『大島てる』に事故物件扱いされるの巻
◇ 事故物件扱いされた物件についての『大島てる』氏とのやりとりを公開します
◇ 『大島てる』と『ファンキー中村』は中の島地区の凋落を嗤うか
◇ 事故物件公示サイト『大島てる』への削除依頼の方法とは?

デマで市域の5.3%を貶めた札幌市民の敵、池上彰氏をどうしてくれようか。

平成30年9月7日(木)9時からフジテレビ系列(関西テレビ)で放映された番組、『池上彰スペシャル 池上彰×子供×ニュース 痛快ギモンに大人も納得SP』では、劇団所属の子役を、そうと示さずに一般の小学生として出演させ、政権批判を展開したという事で、炎上しているようです。

その前の時間帯、7時にも池上彰氏は『池上彰 緊急生放送スペシャル~今ニッポン列島が危ない~』という番組に出演しています。
清田区里塚で生じた大きな液状化被害と『防災カルト』の蠱惑』で紹介した通り、この番組では非常に悪質なデマを全国ネットで流布してくれました。

上記リンクの『gooテレビ番組』というサイトでは、番組の内容が詳細に紹介されています。
以降、『gooテレビ番組』の記載を青文字で引用します。

液状化現象とは地震が発生した際に地盤が液体状になる現象だと池上彰が説明。液状化実験を実演披露した。


原因は水分を含んだ砂の地盤のため、砂粒が地震によって分離され、砂は水より重いため沈み、水は上に上がってくると池上彰は解説した。

埋立地などで発生するイメージでなぜ今回の清田区で発生したのかと池上彰に質問すると、1957年の清田区の写真を紹介し、水田地帯だったがその後、住宅開発で人工的な地盤になったと答えた。

(以下はgooテレビ番組からの引用ではなく私が聞き取って文字起こししたものです。)
今回被害の大きかった札幌市清田区はと言いますと・・・
ホラこれ田植えの様子ですよ。
これ、明治時代に水田として開拓された場所で、
美しく清らかな水田地帯というので『清田』という地名になったそうですね。
つまり『清田』って名前で水田だったことが分かるんですね。
で、ところがここ、昭和36年から宅地開発が進みまして、
どんどんここが埋め立てられて宅地になっている。
もう砂が盛っている訳ですね、その結果人工的に造られた地盤になった。
そもそも水田ですからたっぷり水があった。

なんだこのいい加減なデマは!Σ(゚Д゚;

これね、ロクに取材していない情報を物知り顔で語っているだけなんです。
当然、地震発生の翌日で取材をしろというのも難しい話なのは分かりますが、こんないい加減な情報を全国ネットに晒して、市域の5.3%を占める清田区全体の不動産価値を棄損させるというのは、大問題です。
何が問題といえばソースが清田区の公式ホームページだけなんですよね。

清田区清田は『美しい清らかな水田地帯』ですが被害のあった清田区里塚は『三里塚』が由来と示されています。
里塚が被害地だなんて話はすぐに分かっていた事で、東京の人でも調べていれば分かる事です。
それこそ『渋谷区の全域が谷地なのか』という話ですよ。
まぁ、清田区清田では今回、殆ど液状化の被害は報告されていないんですがね。


はい、番組で引用されていたのと同じ写真ですね。
キャプションを省いて同じ場所のような言い方をするのが始末が悪い。
写真は昭和32年真栄1条2丁目付近の様子です。
今回の被害地との直線距離は最短で700m程度、結構離れています。

それぞれの位置関係なんてGoogleマップで調べればすぐにわかる事です。

しかも、当の真栄1条2丁目では今の処、液状化被害は報告されていません。
水田だったら液状化する、と言っているのにこれは酷いんじゃないですかね。

池上彰氏がテレビで重用されるようになった事への反動、反発もあって、最近、氏の評判が非常に悪いようで、各方面の有識者が『池上にパクられた』『取材元を隠匿された』と表明し始めています。

そういった風潮に背乗りする訳ではありませんが、地元の人間からすると今回の清田の案件は本当にひどい。
インターネットでも『清田は水田地帯だから地盤沈下する』というデマがまことしやかに囁かれている。
これでは清田区全体の財産価値が不当に棄損されてしまう。
そういう事にないように、しっかりと異議申し立てをしてゆければと考えていますし、清田の住民・市民団体は行政に文句を言うよりは池上彰氏とテレビ局に文句を言った方がよっぽど生産的だと思います。

国土地理院も防災目的で『地形復元図』を作成した訳ですが、これについてどう分析するべきかという指針を示さないと、この画像だけが独り歩きしてゆきかねません。
とはいえ、行政側があまり方向性を示し過ぎれば予想が外れた際に責任問題になってしまいます。
池上彰氏の与えるバイアスは、これまで(表向き)非常に好意的に捉えられて来ましたが、重用され過ぎたせいか、粗が見えて来たようです。

私も色々な資料、生データをそれらしく語ってはいますが、これもバイアスを与える行為です。
だからこそ、物事については断定せず、類推であれば類推と記載しています。

特にマスメディアについてですが、人に方向性を示す=バイアスを与えることには、慎重になってほしいと願ってなりません。

シリーズ『胆振東部地震』
 ◇胆振東部地震で被災した札幌市内の不動産の流通について
 ◇清田区里塚で生じた大きな液状化被害と『防災カルト』の蠱惑
 ◇『液状化、里塚』の現実を見よう、夢想は不要だ
 ◇デマで市域の5.3%の貶めた札幌市民の敵、池上彰氏をどうしてくれようか。

『液状化、里塚』の現実を見よう、夢想は不要だ

大前提

まず、再び本題に入る前にこの記事の大前提を明示します。
①私は地質や地盤について専門的教育を受けたプロではありません。単なる不動産屋がハザードマップや古地図を見ていて感じた私見を述べるに過ぎません。
私が現在知りうる情報の範囲では、東区の地下鉄上道路陥没も含め今回の液状化に行政の責任はないと考えています。
 液状化の原因と災害対応がどうだ、という話とは別問題です。
③大規模停電については北海道電力の危機管理体制に大きな問題があったと考えています。

『行政の責任』追及は『”市民”の無責任』主張と表裏一体

『札幌市内の大部分の被害はそう大きなものではない』という前提については、色々な異論反論があるものと思います。
しかし、これを『未曾有の大災害』だという風に評価してしまうなら、それは問題でしょう。
将来これよりも大きな災害が起こる可能性は決して低くありません。

そして、今回の災害に『行政の責任』を求める動きには違和感を覚えます。
勿論、今回の行政の震災対応には問題がある部分もありますが、『行政の造成許可や維持管理に問題があったから液状化した!』というのは、あまりにも乱暴に過ぎると思うのです。

前回、『防災カルト』が行き過ぎて何でも国や自治体の責任だと言うようになると、結局、誰も責任を取ってくれなくなりますよと指摘しました。

我々が生きている現実世界にはリスクコストという物が当然にあって、それを無視した夢想は、現実を生きる人々の害にしかなりません。

札幌は『赤い大地』だと言われますが、今回の災害を『行政の責任だ』と主張する人は東日本大震災当時の東京で東京電力や民主党内閣、菅首相を批判する人より多いように感じます。

①災害に関するリテラシーを高める
 阪神大震災はともかく、東日本大震災、熊本地震とこれだけ地震が続いている中で、自分が住んでいる場所の揺れ易さや液状化のし易さくらいの情報は認識しているのは当たり前の事です。
 ◇ 北海道地震、液状化に怒る住民 「なぜこんな場所に住宅地を許可した!」
 ・・・などという頭のオカシイ言説を多く見かけますが、いい大人が何を言っているんでしょうか。
 40年前の許認可に行政が今更責任を取らなければならないなら、税金が幾らあっても足りませんよ。
 
 せめて、行政自体が行なった事であれば兎も角、許認可は勘弁してやって下さい。
 『ならば東区・東15丁目通・東豊線の地盤沈下は?』と聞かれても同じ事で、
 ①これまで25年間も問題なく使えて来た訳で、
 ②大きな人的被害も出ていない上に、
 ③一ヶ月も経たずに復旧出来る程度の被害なら、
 それは手抜き工事でも何でもなく、必要十分な工法や仕様だったんじゃないでしょうかねぇ?

②あらゆる資産にリスクが付いて回るのは大前提
 これは防災関係やエリアに関する記事を書く度に指摘しているのですが、あらゆる資産にリスクは付いて回るのです。
 建物は老朽化するし、燃える事もあるし、地震で傾く事もある。
 有価証券や社債はその会社が潰れれば紙クズですし、
 銀行が潰れればペイオフによってその銀行の預金の大部分はパーです。

 小豆や小麦、原油、金やプラチナといった現物すら価格の変動があるし、
 日本円やドルが紙クズになる事はないでしょうが価値は変動します。

 勿論、それはマイナスだけではなくプラスに働く事もあります。

 もっと言えば、安価な資産ほどリスクは高いというのも常識
 スーパーの見切り品は日持ちが悪いし、百均の商品は壊れやすい。
 リスクの低い不動産は高額で、リスクの高い不動産は安価。
 土地の場合には軟弱地盤とか利便性が悪いとか、安い理由があるものです。

 それが資産の本質であって、リスクが怖けりゃ安価な資産なんて持つなという話でしかありません。
 アルゼンチンペソやトルコリラを買っておいて暴落したら騒ぐようなもんです。
 しかも、今回の原因は自然災害にある訳で、自治体に責任を求める『ズレ』に辟易してしまいます。

③あらゆる行為にはコストが発生するのも大前提
 今回の災害について『ズレてるなぁ~』と思う点として、『自治体は十分な防災対策をしなかった』のか、というとそうとも言えない気がするのです。
 いや、この一週間の後処理のまずさを見るに充分な想定とマニュアル化という意味の対策はしてこなかったのでしょうし、北海道電力の危機管理はクソなのですが、清田区の地盤改良が成されていない点を責めるのは、オカシイ。

 前回提示した液状化危険度図で『液状化の可能性が高い』とされている地区は他にも大量にある訳です。
 その土地すべてに地盤改良を加えるなんて、税金が幾らあっても足りませんよ。

 『危険な地域のリスクをきちんと調査すべきだった』
 『以前、地盤沈下が起こった時に表面のアスファルト舗装をしただけだった』
 ・・・いやいや、全部結果論ですぜ、それ。

 現在、札幌オリンピックから50年を経て札幌市内のインフラの老朽化は深刻なものがあります。
 下水管は折れ、土砂が流出し、アスファルトが陥没した道路は清田区以外にも数え切れないほどあります。
 コストを認識せずに『ああしておけば良かったのに』と他人に責任転嫁して許されるのは子供だけです。

自分の生活に責任を持つのは自分だけ。備蓄はしておけ。 
 以上を踏まえて、自分の生きる数日分の食料や電力は備蓄しておくのが当たり前の事です。
 今回、札幌市内でスーパーやドラッグストアに長蛇の列を作る様子が報道されました。
 もちろん余震に備える必要はあるのですが、水も出るしガスも使えるエリアで買い溜めに走る人々の大半は、何も考えずにそうしているように思えます。

 子供のいる家庭であっても米やカップ麺が数日分あればどうにでもなるでしょう。
  赤ちゃんは?と言われるかもしれませんが、そんなに大事な赤ちゃんならば、普段からきちんと備蓄する事を心掛けましょうよ。

現地における混乱と野次馬根性、それでも私は里塚へ赴く

・・・と、このような混乱が続く中、地震から一週間後の9月13日、商談に向かう途中に現地に立ち寄りました。

一種の野次馬根性ではありますが前回紹介した通り、当初から情報が錯綜して『防災カルト』・・・デマのような話も持ち上がっていた為、自分自身で現地の様子を探って考えをまとめる必要があった為です。

現地には行きましたが、旧道周辺と暗渠の出口を見た他には、非常線の手前から傾いた建物と陥没した道路を遠目から眺めただけです。

ここから非常線の裏手に回ってその奥を・・・という事はしていません。

私は商売で不動産業をやっている訳で、マスコミでもなければこのブログのアクセス稼ぎをしたい訳でもありません。
HTBのアナウンサーが6時間泥に埋まって大迷惑・・・という話も既に広まっていましたし、現地にはナガダマ(望遠レンズ)や三脚を持った報道関係者と思われる人々や不審者も多く見かけました。

東日本大震災の際にも火事場泥棒が多かったと聞いていますし、現在も空き巣被害や不審者情報が多く寄せられているようです。

まー、私も不審者の一人だった訳ですが、あくまでも不動産業の一環として当地の確認を行う必要があると考え、現地調査を行った訳です。
このエリアに関する依頼を受ける事もあるでしょうし、この釈然としない状況に対しては現地を確認しなければ災害に対する知見を得られないと考えたのです。

液状化から一週間後の里塚旧道

散々能書きを垂れましたが、室蘭街道の旧道を見てゆきましょうか。

入口部分はかなり急な下り道になっており、崖を切り抜いたカーブは結構な難所であったことを想起させます。
札幌から北広島への方向の右側・・・北側には非常線が張られており、液状化によって大きく地盤沈下したエリアは通行禁止となっています。


 歩道のアスファルトの亀裂・陥没がかなり目立ちますね。
写真右=北側が『ホテルクイーン』、『ホリデー車検清田』、左=南側には『ホテルクラウン』があります。
このホテルというのはどちらもいわゆるラブホテルですね。

ホリデー車検の黄色い建物やホテルクラウンの看板は目立つので、報道資料でも土砂が堆積した写真が多く使われました。

車道の汚泥は清掃されていましたが北側の店舗やホテル、事務所、倉庫などの前には汚泥由来の土が積まれていました。
当日は風で火山灰が巻き上げられて悪臭を放ち、目を開けるのが辛い状況でした。
また、粉塵を予防するために散水車が出動していました。

札幌南徳洲会病院の位置から大きく引いて撮影したものです。

旧道は『三里川』や『三里東排水』の位置が一番標高が低くなっており、そこからは再び上り坂になっている事が分かりますね。

『三里川』の暗渠の出口はどうなっている?

『三里川』に沿って発生した今回の液状化ですが、三里川の暗渠部分は非常線が張られており、中を見てゆくことは出来ません。
それでは暗渠部分の出口・・・明渠部分の入口はどうなっているのか見て行きましょう。

明渠に加え3つの暗渠を現況図に落とし込んだものです。
赤い部分が『三里川』の暗渠部分です。
ちなみに下の画像は北海道建設新聞が公開した地図ですが、三里川暗渠の旧道に沿った部分がかなり離れているように見え、あまり良くない図面であると思います。

先ほどの『ホリデー車検清田』と中華料理店『大華飯店』の間にある市道の脇に、『三里川』暗渠の出口はひっそりと存在しています。

長方形のコンクリート製の暗渠の出口が見えます。

かなり草木が生い茂っていて、草刈りなどもされていない様子ですね。

道路面からは約4m程度低い場所に川底があり、コンクリートで作られた特徴のない河川です。

川底に砂利が積もっており、もしかしたらこれは液状化によって流されて来た土砂かもしれません。

原因は『三里川暗渠』の老朽化と氾濫なのか?

今回液状化が生じたエリアは『液状化して当然』のエリアなのか?
つまり、相応の因果関係があって起こった現象なのか否か。
谷地だったから』『火山灰盛土だから』というのは、要素の一つ一つであるのでしょうが、同じような谷地に火山灰盛土をした場所で同じような現象が生じていない事に注目をしなければなりません。

国土地理院地図を標高45m(青)~80m(緑)で色分けしてみました。
標高図を見ても分かる通り、このエリアに極端な高低差が生じている訳ではありません。
また、殆ど標高差がない事から水勾配が取れていないという事も想定されます。

また、今回の地震に際して国土地理院が発表した札幌市清田区の地形復元図(地形分類図)でも、このエリアの特殊性というのは判別しづらい。
強いて言うならば『氾濫平野・谷底平野』に『低位段丘面』が介在しているという点が特殊なのかもしれませんが、『清田区北野5条2丁目』周辺も同様の地形になっています。

『こういうエリアでは液状化が起こりやすい』というのはハザードマップレベルで証明がされていますが、それは必ずしも『何故このエリアで液状化が起こったのか?』を証明しません。

今回の件では、三里川暗渠の流域に集中的な被害が生じた事からも、三里川暗渠に何らかの個別的な問題が生じたというのが、自然な考えでしょう。

あくまで個人的見解ですが、その『個別的な問題』とは、老朽化による決壊だったのではないか?というのが現在の処の推論です。
繰り返しになりますが、札幌オリンピックから50年を経過する札幌市では実はインフラの老朽化が深刻化しています。

下水管や暗渠が折れると土砂が流出して、路盤が陥没することをシンクホールと言います。(シンクホールという言葉自体は道路の陥没だけを指すわけではないようですが)
福岡市での地下鉄七隈線陥没事故のような事が、三里川暗渠でも起こったのではないか?という疑念があるのです。


非常線の外からでは地盤沈下部分の様子はハッキリと見て取る事は出来ませんが、手前側で行っている復旧作業のトラックを見て、一つ気付きました。


トラックの荷台には直径1m程度で樹脂製の暗渠用配管が積まれています。
インターネットで同じ見た目の配管を探すとコルゲートチューブという商品が出てきますが、樹脂パイプを金属で補強したもので、これも同様の製品でしょう。

暗渠排水は地盤改良の為の手法として最もメジャーな工法です。
土中の水分量が多ければ多いほど、地盤は不安定になります。
地中にある配管に土中の水分を浸透させ、土中の水分量を減らすことで地盤を安定させようという事ですね。

このような形で修繕を加えられており、三里川暗渠で決壊が起こったのか否かの真偽はともかくとして、排水管を埋設する事で地盤の改善を図る方向で進んでいくようです。

仮に原因が三里川暗渠の老朽化だったとしても

つまり、私が考えるところの今回の災害の経緯はこうです。
 ①三里川暗渠は老朽化して土砂が流出しやすくなっていた。
 ②台風21号による大雨で土中の水分量が上がっていた。
 ③胆振東部地震で土砂が液状化して三里川暗渠に流入した。
 ④前掲の標高図の通り、殆ど勾配がないので、排水不良が生じた。
 ⑤液状化と排水不良によって下流に土砂が噴出し、陥没が生じた。

仮に、私の予想通り三里川暗渠が老朽化していた事が今回の液状化災害の原因だったとしても、(今のところ)これが行政の責任であるとは考えません。

今後新たに極端な不手際や瑕疵が判明しない限りは、経緯、リスク、コストの面を総合的に勘案してやむを得なかったと言わざるを得ないのではないでしょうか。

『液状化、里塚』を脱却しよう

今回のタイトルは豊平区(当該地は清田区ですが)のキャッチフレーズである『夢開く、花開く、豊平区』にちなんで、『液状化、里塚』などというフレーズを思いついてしまった自分の底意地の悪さに呆れ果てるばかりです。

今回、敢えてこのような意地の悪いフレーズを使ったのかと言えば、全国ネットの地上波放送で池上彰氏に流布された『清田区』全体への偏見を軽減したい、という想いがあります。

そして、札幌市には里塚の液状化被害の原因究明と改修工事について、しっかりと情報開示をして、里塚についてのイメージも改善して欲しい。

中の島の一件についての記事『何でそんなに中の島の為に頑張ってんの?』というニュアンスのコメントが付いていますが、私は商売で不動産業をやっている人間ですから、不動産の価値が不当に棄損されれば、将来のクライアントの財産価値が下落し、私のインセンティブも減ってしまいますから、ごくごく当然の動きでしょう。
次回は池上彰氏の番組で全国に紹介されたデマについて書いてゆく予定です。

シリーズ『胆振東部地震』
 ◇胆振東部地震で被災した札幌市内の不動産の流通について
 ◇清田区里塚で生じた大きな液状化被害と『防災カルト』の蠱惑
 ◇『液状化、里塚』の現実を見よう、夢想は不要だ
 ◇デマで市域の5.3%を貶めた札幌市民の敵、池上彰氏をどうしてくれようか。

清田区里塚で生じた大きな液状化被害と『防災カルト』の蠱惑

平成30年9月6日に発生した胆振東部地震において、清田区里塚には甚大な被害が発生しました。
ニュースでは東日本大震災を彷彿とさせるような傾いた家屋・陥没した道路が多く映され、『北海道はとんでもない事になっている』という印象を与えているようです。

まぁ、当該地以外の札幌市内はそこまで大したことないのですが。
・・・なんて事を言うと『不謹慎厨』と呼ばれるような人々に怒られてしまうかもしれませんが、本当に大変な人々・・・例えば厚真や鵡川の皆さんと、電気が使えず物流が滞った程度の札幌市内を同列にする事は出来ません。
勿論、札幌市内でも家屋が傾いたりと大変な思いをされている方はいるのですが、昨今の大規模災害と比較して総合的・客観的に考えた場合には、やはり『大したことはない』という評価になってしまいます。

ともかく、今回、札幌市内では一部エリアにのみ重大な被害が生じた訳ですが、その中で里塚の液状化現象と、そこに暗躍する『防災カルト』の蠱惑について考えてゆきましょう。

大前提

まず、本題に入る前にこの記事の大前提を明示します。
①私は地質や地盤について専門的教育を受けたプロではありません。単なる不動産屋がハザードマップや古地図を見ていて感じた私見を述べるに過ぎません。
私が現在知りうる情報の範囲では、東区の地下鉄上道路陥没も含め今回の液状化に行政の責任はないと考えています。
 液状化の原因と災害対応がどうだ、という話とは別問題です。
③大規模停電については北海道電力の危機管理体制に大きな問題があったと考えています。

『旧道の日』などと言ってる場合ではなくなってしまった里塚

国道36号線の過去のルート『旧道』をご存知ですか?』で紹介した通り、
札幌市は9月10日を『旧道の日』と定めて祝っていましたが、
9月6日の震災で液状化が発生したのはまさに旧道の部分。


『旧道の日』などと言っている場合ではなくなってしまいました。

『清田は水田地帯だったから液状化する』という暴論

インターネットだけならばまだ良いのですが、テレビや新聞などのマスメディアでも『清田は水田地帯だったから液状化する』という話が聞こえてきます。
結論から言いますと、これはトンデモない暴論です。

元々『水』や『谷』に関係する地名は注意が必要、だとか『龍』『蛇』『梅』もそれに関連する、といった『地名防災論』は防災に関するコンテンツでよく目にするトピックスです。
平成26年に広島県で発生した大規模な土砂災害のエリアは昔『八木蛇落地悪谷』と呼ばれていたものが造成され、地名が変更されて分譲された、というような報道がなされました。

まぁ、その『八木蛇落地悪谷』の経緯も『嘘』『捏造』という指摘があるようで、現在では検索候補に『嘘』という文字が出てきます。
 ◇ 八木蛇落地悪谷 嘘 – Google 検索

まぁ、そういう考え方も必要ではあるのですが、今回の件とはまったく関係がありません。
例えば札幌市内の地名で米里新川中沼というものがあり、これらはいずれも軟弱地盤で震度は大きかったのですが、今回は里塚ほど目立った被害は発生していません。

というか、『清田』という地名を考える場合は『清田区清田』について考えるべきであって、『清田区里塚』とは直線距離で1.5キロ程度離れていますし、地震被害もそう大きくはありませんでした。
そもそも『里塚』という地名は札幌から三里の距離を示す『三里塚』に由来するものですから、こりゃ『地名防災論』とは関係ないぞ、というお話なのです。

東京で例えれば『渋谷は谷地だから危ない』という話もよく聞きますが、じゃー渋谷区内の全域が谷地なのかといえば、そうではないでしょうという話です。(渋谷区には明治神宮だってあります。)

結果論から後追いで物事を考えるのは仕方のないことですが、その理由に妥当性があるのか否か、という点については、きちんと考えるべきでしょう。

・・・よくよく調べてみると、このデマの出処は名物コメンテーター池上彰による地震当日の全国ネットでの番組であるという事が判明しました。

これについては、機会を持ってお話ししたいと考えています。

ハザードマップ信仰・防災信仰の薄気味悪さ

前回、『胆振東部地震で被災した札幌市内の不動産の流通について』でも触れましたが、『ハザードマップ信仰』とも呼べる状況に薄気味悪さを感じています。
主に『今回の液状化はハザードマップで予言されていた』『ハザードマップを見ていれば分かった』というもの。

確かに被害エリアは赤で『液状化発生の可能性が高い』と評価されています。
これを見て『予言されていた』とか言っちゃう大人がいて、
率直に言えば頭オカシイんじゃないの?と思います。

いや、他に幾らでも赤いエリアはあるのに、他では深刻な液状化被害は生じていないじゃないですか・・・
こんな事本気で言っている人はカンタンに詐欺師に騙されますよ。
『誰にでも当てはまる事を言う』バーナム効果と同じような話じゃないですかね。

こんな程度の的中率のモンで『ハザードマップは重要だね』という世論の醸成が、私にはどうも薄気味悪い。
そこまで言うなら全部赤く塗っちゃえばいいんじゃないの?
それなら的中率100%になりますよ?

いや、ハザードマップが無意味と言っている訳ではないんですよ?
『地名防災論』と同じ話で、それが合理的帰結に結びつくのか否か、という話を冷静に捉えて、判断材料の一つでしかない、という事をきちんと理解してツールとして正しく使いましょうよ、という風に考えています。

『里塚』の被害地は谷地だったが、水田地帯だったのか?

今回、里塚の液状化現象については、専門家の先生方は『元々谷地だった場所に火山灰を埋め立てたことが原因』と口を揃えています。

また、それを受けて『分譲業者の手法に問題があったのでは?』とか『宅地造成の許可を出し、その後の維持管理をした札幌市に問題にあるのでは?』などという声がプロのジャーナリストやアマチュアのインターネット利用者など色々な処から上がっています。
その中には、前述の『清田』の話と結びつけて『水田地帯を埋め立てた』というような表現をする人も見られます。

また、ハザードマップと合わせて過去の地形図や航空写真を読み解く事が防災につながる、という話題もあって、それはそれなりに説得力のある論であるように思われます。

戦後、昭和27年内務省地理調査所の地形図を見てみましょうか。

まず、等高線から谷地であることは間違いありませんね、また確かに水田の地図記号は示されているのですが・・・
同時期、昭和20年代の航空写真を見てみましょう。
う~ん・・・これって水田に見えますかね・・・?
その20年後、1970年代・・・昭和40~50年代のカラー写真を見ましょう。

私にはどうしても、このエリアである程度の規模で稲作が行われていたようには見えないんですけどねぇ・・・
後述しますが、川の周辺の湿地で出来る営農として、やむを得ず稲作をしていたという程度なのではないかと考えています。

何故、里塚だけに目立った被害があるのか?

里塚が水田地帯だったのかどうかは兎も角として、谷地である、という事は間違いありませんし、それが液状化の原因になったという事も、そうなのでしょう。

同じような地形という意味では平岸澄川西岡宮の沢のあたりの等高線もエグイ事になっていますし、札幌において火山灰地泥炭地といった軟弱地盤はごくごくありふれたものです。

また、同じ里塚地区でも今回液状化被害が生じた場所より東側のエリアも谷地を火山灰で埋め立てたものの、被害はずっと小さな結果となりました。
上記の地図や航空写真の中央より右側を見てもらえば、よく分かるはずです。

『同じような場所は他に幾らでもあるのに、何故この場所だけに被害が生じたのか』という合理的な分析が出来ずに風説を垂れ流すのであれば多少の差はありこそすれ迷信にも劣る『防災カルト』にしかなりません。

今回のキーポイント『三里川暗渠』

既にこういうネタでは老舗のブログである『札幌時空逍遥』さんとか、清田区の市民団体サイトである『ひろまある清田』で既に指摘されている問題なので、私が今更この場で指摘するのも憚れるのですが、今回の被害には『三里川』の暗渠部分が関わっているのではないかという話があります。

まぁ、軟弱地盤とか液状化といった問題には、大抵水の流れが関わっていますからね。

札幌市内にある河川を網羅した『札幌市河川網図』という地図があり、これも前述の両サイトで紹介されていますが、方位を補正し、綺麗な状態で掲載をしてみましょう。

これを元に札幌市現況図の上に河川を4つの色に分けて示しました。
『三里川』と『三里東排水』の明渠≒地上に表れている川の部分、
赤は『三里川』の暗渠橙は『三里東排水』の暗渠黄は『里塚西排水』の暗渠です。

今回の液状化現象は、明確に三里川の暗渠に沿って発生しています。
不思議なのは、過去に同様の地形であった『三里東排水』は液状化危険度図で『可能性が極めて低い』と評価され、実際にも比較的に大きな被害は発生していない、という点です。
・・・いや、まぁ『ひろまある清田』では、後日、『三里東排水』の上流での液状化被害が報告されているのですが、里塚ほどではない、という意味です。
 ◇ 美しが丘5条9丁目 里塚霊園隣接地 地盤沈下 住宅10軒傾く

つまり、私の個人的な考えでは『三里川』の暗渠に何らかの個別的な問題が生じたのではないか、という事です。

どうにも今回の液状化被害と『防災カルト』のような風説が横行している事、
そして何より生業たる不動産業に与える影響への危惧などから、
地震から一週間後に現地に向かい、三里川の状況も確認してきました。

他人の事を『防災カルト』などと腐しておいてなんですが、次回は現地に行った上で私が感じた事や地質の専門家の立場ではない不動産屋として考えた事をまとめてゆこうかと思います。

『防災カルト』が行き過ぎて、何でも国や自治体の責任だと言うようになると、結局、誰も責任を取ってくれなくなりますよと思うのです。
その結果は『ハザードマップを全部赤くする』事になって、結局誰の利益にもならんのですよ。

シリーズ『胆振東部地震』
 ◇胆振東部地震で被災した札幌市内の不動産の流通について
 ◇清田区里塚で生じた大きな液状化被害と『防災カルト』の蠱惑
 ◇『液状化、里塚』の現実を見よう、夢想は不要だ
 ◇デマで市域の5.3%を貶めた札幌市民の敵、池上彰氏をどうしてくれようか。

胆振東部地震で被災した札幌市内の不動産の流通について

今回、被災した札幌の不動産を売りたいという話はぽつぽつ頂いているんですが、
①新築購買層がどのような動き方をするか、未知数である事
②被害の大きいエリアへのニーズが低くなる=価値が下落する事
の2点から、流れが読めない・・・というかある程度は覚悟しておいた方が良い、というアドバイスにならざるを得ません。

では、『今は売り時ではない』と言ってしまっていいのか、というとそうも言えません。

まず、『被害の大きなエリアは需要が落ちる』という事を安易に言ってしまっていいのか、という問題があります。
今回の災害で札幌市内で『広い』被害を生じたのは高層マンションにおける停電による受水槽ポンプとエレベータの停止でした。
『戸建はすぐに水が出た』というのはちょっと物を知っていれば当たり前の話で、直結直圧方式だからなのですが、エレベータについてはどうしようもありませんし、集合住宅では備蓄にも限界があります。

そういった意味で、戸建のニーズが高まる要因もあるとは言えます。

また、②の価値下落が仮に現実化したとしても『だから売らない』と言ってしまっていいのか、というと、これも難しい。
投資の世界で『損切り』という言葉があるように、価値下落が継続する場合には早期に売却をして損失を拡大させない方がよいという考え方があります。
そういう意味で、今回の災害はターニングポイントという事が出来るでしょう。

『売るべきか否か』は一概に断じられず、以下のような事情を分析して個別にアドバイスをさせて頂く事になります。
 ①それぞれのエリアの特性
 ②建物の被害状況
 ③近隣の流通状況
 ④住宅ローンの状況
 ⑤災害による保険金が下りるか否か
 ⑥お客様個々人のライフプラン

以前のブログから災害関係の記事のニーズは高いのですが、安易に『どこそこのエリアが危険/安全』という事に耳目が集まりがちですがそうではないんですよね。

今回、里塚・美しが丘のエリアは液状化により大きな被害を受けました。
これは過去の記事『札幌市と地震 過去と将来の液状化現象』でも紹介した通り、15年前の十勝沖地震でも液状化被害が発生しています。
また、ニュースなどで『液状化危険度図』で危険が高いエリアとなっていることも取り上げられています。

政府が積極的に広報している事もあり、最近、『ハザードマップ信仰』ともいえるようなハザードマップの持ち上げが目立つように思います。
では、同じく液状化エリアとされている震度5強新川・新琴似エリアはどうなのかというと、今のところ液状化被害は耳に入っていません。

また、新しくなった液状化危険度図では危険エリアが広がっているような・・・気のせいでしょうか。

ハザードマップがどうなっていようが台風21号や停電の被害はあった訳で、あまりハザードマップを偏重するのもどうなのかな、という気がしないではありません。

話が逸れてしまいましたがここから年末にかけて、札幌市内で被災した不動産が売りに出てくる可能性は高いと思われます。
これが市場全体の価格の動きにどう跳ね返ってくるのか、非常に興味深い処です。

災害関係の記事については以前まとめていますが、また直近の状況についてまとめようかと考えています。
 ◇札幌の地盤について 地盤沈下と液状化の目安
 ◇札幌市と地震 過去と将来の液状化現象

※ 本稿は札幌市近郊の状況について記したもので道内全体の状況を鑑みたものではありません。
  また、本稿における『被災』の定義は液状化や地震によって建物の構造または土地の地盤に瑕疵が生じた事を指します。
  その為、分譲マンションにおける停電被害は念頭に置いておりません。

シリーズ『胆振東部地震』
 ◇胆振東部地震で被災した札幌市内の不動産の流通について
 ◇清田区里塚で生じた大きな液状化被害と『防災カルト』の蠱惑
 ◇『液状化、里塚』の現実を見よう、夢想は不要だ
 ◇デマで市域の5.3%を貶めた札幌市民の敵、池上彰氏をどうしてくれようか。

『夕張市石炭博物館』の問題点と改善に関する提言

さて、前回『夕張市石炭博物館』についてレビューしましたが、
総評としてはまだまだ課題が多い博物館であると締めくくりました。

夕張を応援する、というのは社会正義であって、私も応援しています。

財政が厳しい夕張市と今年から指定管理者となったばかりのNPOが、ようやくリニューアルオープンを達成した石炭博物館について、外部の人間がしたり顔でああだこうだと文句を付ける、というのは、いかにも『弱い者いじめ』的で憚られる、という心情もありす。

とはいっても、前回指摘した通り、現状のままで運営を続けても、
結局のところジリ貧になっていくのでは?という気がしますし、
まー、郷土史マニアや鉄道マニアなどの人々もSNSなどで、
既に意見を表明していますから、場末のブログがあれこれ言っても、
大した問題にはならないでしょう、という事であれこれ言って行きます。

問題点① 施設への導線が悪すぎる

駐車場の件は既に2度に渡って指摘をして来ましたが、
これってかなり問題が大きいと思うんですよね。

①の公道からの入口には幟が立っていますが、そこから先には幟はなく、③まで何の案内も(少なくとも私が見た範囲では)見当たらなかったので、②の駐車場に駐車するべきであろう、という判断をする方が多いはずです。
②の駐車場に車を停めて、③の看板を見て、車に戻って・・・
・・・というのは、あまりに手間が掛かるし、イラッと来るものです。

③の看板の位置や大きさにも大いに不満があります。
運営側や市民の方は既に④の位置が駐車場だと分かっているのでしょうが、初見の観光客には、駐車場の位置が非常に分かりづらい。
運営側に『第三者目線』が欠如していると言わざるを得ません。

これは②の位置ですが、連休中にこんなガラガラの駐車場を見れば、
知らずに帰ってしまう観光客だっていると思うんですよね。

①の地点の写真を見てみましょう。


今風で雰囲気重視のオシャレな看板は新設されたもののようですが、
オシャレさよりも、分かりやすい表示が必要なのではないでしょうか?

せめて①~②の位置に、④の位置を示すような表示をして欲しいと思います。
或いは、②の位置にある看板に『一般車両はゲートの奥に駐車場がある』と大きく記載をして欲しい、というのは私の独善はないと考えます。
折角の新しい看板の見栄えは悪くなるかもしれませんが、
A4用紙で①の看板にその旨の掲示するなどした方がよいでしょう。

指定管理者の公式サイトの駐車場位置図も非常に分かりづらい事からも、運営側としては来場者が現在の駐車場の位置を知っているのが前提になってしまっているようです。

更に、2階のパネル展示の導線も、なかなかに独創的です。

この写真パネルの裏に、文字で詳細が記されたパネルが並んでいる訳ですが、これが両面にあるので順番に見ようとすると、パネルの周りを何度も行き来する事になります。
正確な記憶ではありませんが、図に示すとこんな感じでしょうか。


で、極め付けは図で上方にある前回紹介した人口と採掘量の折れ線グラフです。

どのタイミングで見ればいいやら・・・一通り見た後引き返すのでしょうか。

どういう導線を想定しているのか、正直まったくわかりません。

ドイツの博物館を参考にした、という言葉を指定管理者のブログで目にしましたが、ドイツには導線という概念がないのでしょうか。

何かこの配置に合理的な意味があるのであれば、教えて貰いたいと思います。

問題点⓶ 展示が文章主体なのに内容が分かりづらい

旧来多くあった展示物を整理・スリム化して、空間演出をした、との事です。
マニアの方からは『展示品が少なくなって寂しい』という声も聞かれますが、
私はこれはこれでいいのではないか、と思います。

物を多くしろ、とは言いませんが、この展示はちょっと直感的ではないな、というのが私の感想。
ハッキリ言ってしまうと、文章が冗長で理解しづらい。

『大きな色付きの文字を拾い読むと概要が分かる』との事ですが、
まぁ、個人個人の感じ方はあるでしょうが、私にはそうは思えません。

まるで90年代のテキストサイトのノリじゃないですか。
(まぁ、私もそのノリを未だに引きずっている訳ですが。)

文字が小さく反転色で老人には読みづらく、漢字が多くて子供にも読みづらい。
学生時代国語の成績が非常に良かったおじさんである私にも、正直読みづらい。

では、具体的にどうすればいいのか、という処ですが、
私の理想とするところの博物館展示は『江戸東京博物館』です。

あれは首都東京の集客力でベラボーに潤沢な予算で運営していますから、学芸員も一流でパネルや模型の一つ一つが超豪華で、地方の一郷土資料館が容易に模倣できるレベルではないのですが、一つ一つの展示の『重さ』というか、ストレスを計算した分量で構成されていますから、見ていて疲れないのです。

高望みかもしれませんが『理解してもらう努力』をして欲しいと思います。

そういう意味では、この先の鉱山体験の蝋人形展示や模擬坑道は非常に直感的で、誰にでも理解がしやすい展示であると言うことが出来るでしょう。


まぁ、これも当時ベラボーな予算を掛けて製作されたものですから、
やはり予算がないと良質な展示を作るのは難しい、という事なのでしょうか・・・

個人的には熱意と技量があればどうにかなるのでは、と思うのですが・・・

問題点③ 運営団体のサイトが貧弱である

指定管理者である『特定非営利活動法人 炭鉱の記憶推進事業団』が運営する『夕張市石炭博物館』のサイトが非常に貧弱である、というのも問題です。

指定管理者になったのが4月1日からですから已むをえない部分もありますが、私の環境ではGoogleやBingで『夕張市石炭博物館』で検索をすると、以前指定管理者だった『夕張リゾート』のサイトが一番上に来て、次に夕張市の公式サイトが表示され、それより下の順位で表示されます。
(検索順位は検索環境や時期によって変動します。)

検索順位はそのうち上がっていくのでしょうが、サイト作りの問題もあります。
まず、先に指摘した通り『アクセス』の駐車場位置図が非常に分りづらい。

初見の人間に理解出来るんでしょうか。私には理解出来ませんでした。

次に、以下のリンクから実際にサイトの博物館概要を開いてみて下さい。
 夕張市石炭博物館|営業日・料金
  https://coal-yubari.jp/info/

上部にコンテンツがカテゴリごとに並んでいますね。
コンテンツをクリックしてみましょう・・・無反応ですよね?

実は、石炭博物館の写真の下でコンテンツは切り替わっているのですが、初期画面がこんな感じでクリックをしても反応がないので、画面が切り替わったのか否か、非常に分りづらいのです。

スマートフォンで閲覧すると、この問題は更に顕著です。

コンテンツ一覧以外に何も表示されない!

まぁ、SEOの問題やスマートフォンでの見やすさについては、このブログも偉そうに他人の不手際を指摘出来る立場でもないのですが、公的な施設が集客をしようというのにこれでは、問題があるでしょう。

これは予算の問題ではなく、単なる『第三者目線の欠如』です。

問題点④ こだわりが感じられない

これは高望みかもしれませんが、石炭博物館は『好きな人が作っていない』という気がしてなりません。
これまで述べて来た現地へのアクセス案内、展示内容、公式サイト・・・
様々な問題点の原因というのは、予算や準備期間の問題ではなく、
『好きな人が作っていない』からであると言うほかありません。

それは、博物館が好き、だとか郷土史が好き、という以前の問題として、『石炭博物館が好き』とか『夕張が好き』という意識が感じられないのです。

この記事で指摘したような問題点は少し考えれば分かる事ばかりでしょう。
他人から見たらどう見えるだろうか?という事を常に意識し、作成したサイトの動作チェックを第三者にしてもらう、それだけでこんな問題は起こらないはずです。

少なからず、貴重な夕張の税金が掛かっているのでしょうから、
もし本当に夕張を良くするという使命感があるのであれば、
この程度の事は、即座に改善をしなければならないでしょう。

また、これも高望みなのですが、巨大な作業機械が実際に動く展示があります。

このすぐ正面、地下1000mというストーリーなのに窓があるというのが、私にはとても気になるのです。

高圧電力で巨大な機械を動かす都合、もしかしたら消防法の兼ね合いなどで窓を設置しなければならないのかもしれませんが、それにしたって目隠しをするなどの方法でストーリーを守る気遣いをしてくれてもいいのではないでしょうか。

エレベータ内でわざわざ映像とナレーションを流して作ったストーリー、
現代では全館禁煙が当たり前なのに、敢えて置いてある『火気厳禁』の看板。

そういったストーリーを大切にして、積み重ねてゆくことで、良い展示が出来上がるのです。
作り手側が子供だましと侮って、そういった事に気が回らないようでは、何処まで行っても単なるハコモノで『バリバリ夕張』の二の舞、三の舞にしかなりません。

非営利活動法人だから、というのではなく意識を改革して、夕張のランドマークたる石炭博物館をしっかりと守って行って欲しいと思います。

まだざっとしか読めていませんが、検索に引っかかって来た内容で、東海大学の『博物館資料論』というテキストが、博物館展示を作る上での心構えや導線の事がまとまっていて、運営側には是非これを参考にして欲しいな、などと思ってしまいました。
 東海大学海洋学部 博物館資料論テキスト
  http://www.dino.or.jp/s_muse/m_material06.html

シリーズ『夕張市炭鉱博物館』

 ◇シリーズ『夕張市炭鉱博物館』【前段】
 ◇2018年4月末にリニューアルした『夕張市石炭博物館』に行ってみた
 ◇『夕張市石炭博物館』の問題点と改善に関する提言
 ◇『夕張市石炭博物館』リニューアル1年に満たない火災でこの後『夕張石炭の歴史村』はどうなるの?『ふるさと納税』での応援はどうなの?

2018年4月末にリニューアルした『夕張市石炭博物館』に行ってみた


前回のあらすじ=
片道2時間掛けて夕張に出向いたら、駐車場には人っ子一人いませんでした。
看板には『石炭の歴史村駐車場』という記載があります。
いくら郊外の地味な郷土資料館でも、ここまで人の気配がないのは異常です。
年甲斐もなく軽いパニックを起こしてしまいました。
周囲を見回し、歩き回ってみます。
廃業した店舗の裏に、数台の車と2台の観光バスが停まっています。
写真で見たことのある入口部分にキャラクターの『ゆうちゃん』がいます。
なるほど、ここから歩いて入っていくのか・・・随分歩きそうだな・・・
と、『博物館駐車場はこの奥です』というこじんまりとした看板が。
一回エンジン止めて歩き回らないと見つからないって導線悪すぎでしょ(; ・`д・´)

気を取り直して一車線しかない通路を進んでゆくと、奥に駐車場がありました。
駐車場にはそれなりに車が停まっており、誘導員の方も何人か。
その誘導員のうち一人だけでも表に出て案内してくれれば助かるんだけど・・・
(いや、看板がもう少し分かりやすいだけで良いんですけどね。)

さて、夕張の名物立坑櫓』が近づいて来ます。結構距離がありますね。
さて、しばらく歩くと『石炭博物館』に到着です。
雨の中、傘をさしながら急ぎで撮影した為、写真全般がピンボケですみません。
館内に入ると、巨大なエアーコンプレッサーやら石炭オブジェやら、
リニューアルオープンを祝う関係者からの花輪が飾られていました。

入館料は夕張市民以外は大人1080円、結構高額ですが、
これでも以前よりは安くなっているようです。夕張市民は当面無料とのこと。

無料で入場出来る1階は特別展『バリバリゆうばり』。名キャッチコピーです。
炭鉱の頃から財政破綻に至るまでの夕張の歴史を簡単に紹介するパネルと、
石炭の歴史村の歴代のポスターが展示されており、
プロジェクターでは過去の映像が上映されています。
・・・感想という感想はありません、まーこんなものか、という。
問題点に関する改善案や提言については別途記事をまとめる予定です。

さて、有料区画である2階に移りましょう。
リニューアルに関する各種報道写真などで使われている部屋です。
新しい夕張のキャッチコピーRE START!Challenge More!』が前面に押し出されています。
壁面の各パネルでは夕張市の概要について紹介されています。

この部屋を抜けると、黒いスクリーンに昭和の映像が流れているエリア。
ここには昔、石炭の元となったメタセコイヤの樹などが飾られていたそうですが、現在は昭和の映像の他、ガイドの自己紹介などが上映される、とのこと。
暗いだけなので写真は撮影していません。

続いて、常設展示のメインのスペース。夕張の歴史が紹介されています。
リニューアル前に大量にあった展示物をスリム化し、今風の見た目にしたとの事。
まぁ今風でオシャレ、というのは確かにそうだと言えます。
ネットで郷土史マニアや鉄道マニアの方の感想を見る限りでは評判は良くありませんが、まー、マニアの意見だけ聞いていても良くなるものではありません。

ただ、ちょっとパネルの文章が拙いのと読みづらいとは感じました。
白い壁面に夕張市の人口と石炭の採掘量を示す折れ線グラフが書かれています。
ただ、かなり長い区間に渡って書かれているので、上下動がピンと来ません。

2階の常設展示を見終えると、『立坑櫓』の下のエレベータに到着。
ここから1000mの地下に下りて炭鉱を探検するというストーリーです。

エレベータ内ではそのストーリーを説明するアナウンスが流れ、
真っ暗になり、炭鉱を降りていく映像がエレベータ内に映し出されます。
動画を撮っているので、是非公開したいところですが、
このサーバのアップロード制限によって叶いませんでした。
これは現地に行ってのお楽しみ、という事で。

地下には、明治から昭和までの時代ごとの炭鉱の風景が、
セットと蝋人形、小道具によって再現されています。
バブル前夜に多額の費用を掛けて制作したであろう展示は、
見応えがあり、(古びてはいても)今見ても高いクオリティであると言えます。
ボタンを押すことで炭鉱の人々の会話や、作業音などの音声が流れる展示です。
更に奥には、昭和の作業機械で石炭を掘削し、運搬する風景。
掘削・運搬する作業機械は定期的に轟音を立てて作動します。

結構短い頻度で作動するは、連休だからなのか、いつもなのか分かりませんが、
常にこんな頻度で作動しているとすれば、電気代はとんでもなくかかりますね。

面白いですし、見応えはあります。

そしてその最奥は、今回3年ぶりに公開するという『模擬坑道』です。
国の有形指定文化財で、過去に坑道として利用されていたものを、
『北海道炭礦汽船』が鉱員の研修や見学用として改築したものだそうです。

階段を下りてゆくと古びたレンガの壁が現れます。
古い建築物が好きな人にはたまりませんね。


その下は、割とこぎれいな木材(レプリカ?)で補強された公道になります。
ここが最も改修された部分のようで、工事関係者によると結露が酷く、
古い写真を見ると木部も真っ黒になっていて、かなり印象が異なります。

『鉄柱カッペ』と呼ばれる支柱に支えられた坑内を下る階段は、私が一番心惹かれた光景です。
巨大な採掘機械が石炭を掘削・運搬する情景を再現しています。

この他にも作業用機械などが展示してありますが、石炭を運び出すトロッコと並走する長距離の階段を上がり、展示は終了。

出口の脇には昭和13年に大事故が起こった『天竜抗』の入り口があります。

・・・という事で、この度リニューアルされた『夕張炭鉱博物館』について、
一通り見て回ったレポートをまとめてみました。

今回の記事中でも多少触れていますが、まだまだ課題が多い博物館であるというのが正直な感想であります。
今年から指定管理者となった『NPO炭鉱の記憶推進事業団』も、夕張市長の鈴木直道氏も、『これからの博物館』『不完全な博物館』というような事を言っていますし、予算が潤沢ではないであろう中で、あまり高望みをすることも出来ない事は理解出来ます。

しかし、これにロジカルに苦言を呈する人がいなければ、ずっと今のまま改善されず、それこそ税金の無駄遣いでしょう。
で、あれば、このような場末のブログではありますが、私の考える処の改善案というものを、後日まとめてみたいと思います。

それを見た方も同じ意見を持って頂ければ、いつか運営側も気付くでしょう。

次回、とも、いつ、とも確約は出来ませんが、現在、文章をまとめている処です。

シリーズ『夕張市炭鉱博物館』

 ◇シリーズ『夕張市炭鉱博物館』【前段】
 ◇2018年4月末にリニューアルした『夕張市石炭博物館』に行ってみた
 ◇『夕張市石炭博物館』の問題点と改善に関する提言
 ◇『夕張市石炭博物館』リニューアル1年に満たない火災でこの後『夕張石炭の歴史村』はどうなるの?『ふるさと納税』での応援はどうなの?

シリーズ『夕張市炭鉱博物館』【前段】


【今回は夕張へ行くに至るまでの前段で、具体的な紹介記事はありません。】

さて皆様、今年のゴールデンウィークはどのようにお過ごしでしたか。
私は残務処理に追われ、殆ど仕事で連休という実感はなかったのですが、
僅かな自由時間を自宅で過ごすと、あっと言う間に終わってしまいますから、
何とか遊んでやろうと足掻きに足掻いてみました。

連休最終日である5月6日(日)の午前中にマンションの案内を済ませ、
正午を過ぎた頃に私は急ぎ夕張に向かいました。
『石炭の歴史村』内にある『石炭博物館』に行く為です。
事前に連休中に行きたい先をいくつか見繕っていたのですが、
業務との兼ね合いからあまり遠くに行く訳にも行かず、
また、有名人の夕張市長:鈴木直道氏が来年任期満了という事で、
一度行っておきたい、と考えていた為です。

北海道の各自治体の開発においては、石炭との関連が非常に大きい、
と感じていた事も、私を石炭博物館へ足を運ばせた要因の一つです。

しかし、夕張までは片道約2時間、出発は既に正午を過ぎています。
しかも天気はあいにくの雨、というか結構強い雨が降っていました。
昼食なども考えると、到着は午後3時近く。
夕張まで行くのなら市内各所を見て回りたいという気持ちもありましたが、
既に薄暗く、また屋外での作業に困難がありましたので、
石炭博物館に行ってトンボ帰りになることを覚悟しなければなりませんでした。

ちょうどその日の朝『炭鉱博物館』が4月28日にリニューアルされた
と知り、どうしても今回の機会に行っておきたい、という想いが高まりました。


何せ、3シーズンぶりの全施設公開、数十年ぶりの全面リニューアルです。
今回の機会にぜひ見ておきたい。
そう思って、正午を過ぎ、雨が降る中、私は夕張へと車を走らせました。

時間がない癖に途中で栗山町郷土記念館にも立ち寄ってしまいましたが・・・

何やかんやで午後3時過ぎ、夕張市石炭博物館に到着しました。
入り口には幟が何本も立っており、新しく作ったであろう看板も『OPEN』と表示されています。

スロープ状の道路を下って車を進めてゆきます。
悪天候のせいか、人影も車も見当たらない。
連休最終日ですしこんなものなのか、となお車を進めると・・・
Σ(゚Д゚;駐車場に車が一台もないッ?!

・・・比喩でも何でもなく、呆然と立ち尽くす私。

次回へ続きます。

シリーズ『夕張市炭鉱博物館』

 ◇シリーズ『夕張市炭鉱博物館』【前段】
 ◇2018年4月末にリニューアルした『夕張市石炭博物館』に行ってみた
 ◇『夕張市石炭博物館』の問題点と改善に関する提言
 ◇『夕張市石炭博物館』リニューアル1年に満たない火災でこの後『夕張石炭の歴史村』はどうなるの?『ふるさと納税』での応援はどうなの?

高額で成約したマンションを『大島てる』に事故物件扱いされるの巻


当記事は2015年7月13日の記事を最新の状況を反映し改稿したものです。

不動産業者の仕事は、取引が終わったからといって完全に終わる訳ではありません。

買主側に付いた場合は、当然その不動産と長く関わって行くことになります。
買主様がお住まいになったり、事務所にしたり、賃貸アパートなら管理受託したり…
お客様との付き合いが続く限り、その不動産とも付き合ってゆくことになります。
最終的には、その不動産を手放す時も、売却を依頼して頂けるなら、
大変光栄なことで、不動産屋冥利に尽きるというものです。

売主側に付いた場合、一旦その不動産とは直接関係が無くなるとはいえ、のちのちのトラブル発生を予見しておく必要があります。
とはいえ、買主側にも業者がいる場合には、こちらから積極的に接触は取りません。
土地を売却した後は、無事に建物が建ってゆくかを見守ります。
建物を売却した場合には、その後問題なく、居住・運営・賃貸しているか、定期的に確認します。

買主側にも売主側にも立つ、『両手』取引の場合には、この両面があるので責任も重大です。

・・・と、毎度毎度前置きが長いですね。

『大島てる』というウェブサイトがあります。
事故物件の情報を広く募っているサイトで、Googleマップから事件事故の情報を閲覧する事が出来ます。

事故物件公示サイト: 大島てる CAVEAT EMPTOR
 http://www.oshimaland.co.jp/

誰でも簡単に投稿出来る為、Wikipediaや2ちゃんねるのようなもの、と言えば分かりやすいでしょうか。
事件事故の情報というのは不動産取引上、不動産屋としては知っておかなければならない事項ですから、
不動産を売買する場合には、出来るだけ見ておくようにしています。

勤め先で管理しているアパートで火災があり、不幸にも入居者が亡くなってしまった事がありましたが、
火災が起こったのが明け方で、朝9時頃にはもう事故情報が登録されていました。
新聞やニュースに掲載された情報に関しては、ほぼ確実に反映されると考えて良いようです。

しかし、事故物件の情報を気軽に投稿出来るという事から、たとえ情報が真実であっても、
不動産価値の下落に繋がる為、掲載して欲しくないという批判もあります
し、
何より、誰でも投稿出来るため、デマやいい加減な情報が多いのも事実です。

既にタイトルに結論は書いてしまっているんですが、
先日、『大島てる』を閲覧していた処、過去に取引したマンションが掲載されていました。

  『平成○○年○月頃  事故のあった部屋を格安で売り出していた』
   ※ 物件が特定出来ないように、細かな言い回しについては若干変更しています。

えっ…もしかして当時、情報を見落としていた…?おかしいなー…
と、よく日時を見てみると、どうやら私が売った部屋の事を言っているらしいのです。

(改めて当時の流通履歴を見直しましたが、その時期に他に売りに出た部屋はありませんでした。)

その物件は、付き合いの古いお客様が所有していたマンションで、
私がこの職業に就いて初めて売却したマンション、かつ、初めて『両手』で成約した物件でした。
(それまでに中古マンション以外の土地や建物の取引経験はありました。)
かなり独特な販売戦略が見事に『当たった』、非常に思い出深い物件の一つです。

では、本当に事故物件だったのかと言えば当然、事実無根です。

まず、前の所有者が貸していた入居者の方は確かにお亡くなりになっていたのですが、
ご病気で病院に入院してでの事ですから、事故物件ではありません。
(通常、事故物件というのは『建物内で』、『自殺、他殺、事故死』されたものを指します。)

また、『格安』というのも大きな誤りで、かなり高額での成約でした。

具体的には当時のの直近の成約実績より2~3割も高額で成約しています。
(これはかなり大々的なリフォームを実施した関係もあります。)
これを機に建築当初からの成約履歴を確認していたのですが、当時築25年のマンションでしたが、成約価格は築10年の頃と同水準でしたから、如何に高額で成約したかが分かって頂けるでしょう。
恐らく、同じマンションの住人が広告を見て相場も分からずに『安い、事故物件に違いない!』と、『大島てる』に投稿したものと思われますが、非常にタチが悪いですね。
『大島てる』は、誤情報で事実確認が出来た場合には削除に応じる事もありますが、ある種の炎上商法で、ないものをないと証明する『悪魔の証明』をわざわざしてゆくのも、火に油を注ぐ行為になりかねないと考え、現在のところ、静観しています。
(時期だけで、号室が明示されていない為、無いものを無いと示しづらい、という面も…)

また賃貸物件の募集広告『告知事項あり』と記載されていたことを根拠に、
『大島てる』への登録を行なっている方もいるようですが、
『告知事項あり』は必ずしも事件事故による心理的瑕疵物件に限られた記載ではありません。

 

『大島てる』は、非常に意義があるサイトだと考えていますが、
このように、利用する際には、インターネットリテラシーが必要になりますね。

一般の方が不動産の購入をする際に参考にすることも多々あるとは思いますが、
せいぜいWikipediaや2ちゃんねる程度の信憑性、と考えておきましょう。
(まー、Wikipediaの信憑性についてもかなり誤解している方も多いようですが…)

平成27年8月30日追記
『大島てる』氏からの当記事へのコメントでの申し出により、
先方へメールにて物件情報を送信したところ、該当する投稿は削除されました。

削除されるまでにコメントで『大島てる』を名乗る方とやりとりしましたが、
メールとコメントで矛盾する部分が多くあり、
実際に本人だったのか否か、また複数の運営者がいるのか等、
私には判然としない部分が多かったように思われます。

当時非公開だったメールでのやりとりを含め、次の記事に掲載しています。

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